大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)386号 判決 1965年10月28日

控訴人 西村卯之助

右訴訟代理人弁護士 前田外茂雄

被控訴人 川勝信三郎

右訴訟代理人弁護士 上西喜代治

右訴訟復代理人弁護士 植松繁一

主文

原判決を取消す。被控訴人の請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を併せ考えれば、被控訴人は、昭和三一年八月一四日当時日染株式会社の設立を準備中の佐野真一との間に、本物件を被控訴人主張どおりの約旨で売渡す契約を結び、これを買主の佐野に引渡すべく、同人の指示にしたがい日本通運株式会社の梅小路倉庫に寄託していたことが認められるし、同年一〇月一五日控訴人が寄託中の右物件に対し、共有持分権を有すると称して、被控訴人主張の如き仮処分決定を得、翌一六日その執行をしたこと及びその後買受人の佐野が前記売買代金の半額金一、五〇〇、〇〇〇円を控訴人に支払って、右仮処分執行の解放を受けたことは、当事者間に争いがない。

二、不当利得の請求について。

そこで控訴人の右金員の取得が不当利得になるか、どうかについて検討する。

(一)  まず、控訴人は、原審において、本物件は被控訴人が昭和二八年四月二一日訴外日本化学友禅株式会社から買受けてその所有権を取得し、同日これを同会社に貸与していたものであることを認め、その後当審において、右自白は、真実に反し、錯誤に基くものであるとして、その取消しを主張するけれども、この点に関する当審証人中津義男の証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果は、たやすく信用することができないし、他に右自白が真実に反し、錯誤に基くものであることを認めるに足る確証はないから、右自白の取消は許されず、したがって、結局右事実は当事者間に争いのない事実とみるほかはないし、控訴人は、同年一一月五日、被控訴人が右訴外会社に貸与中の本物件を、右会社の代表取締役中津義男個人に対する強制執行として差押えたが、その後同年一二月九日これを解放し、債務者中津義男とも示談したことは、当事者間に争いがない。そして右各争いのない事実に≪証拠省略≫を総合すれば、

被控訴人は、前記のように、その所有する本物件を前記訴外会社に貸与していたが、控訴人が上記のように昭和二八年一一月五日、中津義男に対して有する金四、三九三、四〇〇円の債権の執行として、本物件を差押えるに至ったので、被控訴人は、早速控訴人に異議を申出ると同時に、中津義男が代表取締役をしている右訴外会社からも控訴人を相手に、中津義男の控訴人に対する債務関係の早期解決ならびに控訴人の右強制執行解除に関する調停を申立て、その結果同年一二月九日被控訴人、控訴人、右訴外会社及び中津義男の四者間に、(イ)訴外会社及び中津義男は、本物件が被控訴人の完全な所有であることを再確認する。(ロ)控訴人は、本物件に対する差押を解除し、訴外会社及び中津義男は、右解除後は、被控訴人が本物件をそのまま現場において使用するも、あるいは他に搬出するも全く同人の自由であることを承認する。(ハ)訴外会社、及び中津義男は、控訴人の中津義男に対する現存債権額が金三、三九三、四〇〇円であることを確認する等の示談契約が成立し、控訴人は同日右差押を解放することになったものであるが、控訴人としても、前記訴外会社に対しては、右の如く多額の債権を有しており、この点ではやはり五、〇〇〇、〇〇〇円近い債権を有すると主張する被控訴人とその立場を等しくしていたので、当時唯一の担保物件である本物件を被控訴人の独り占めにすることには異議があり、控訴人としては右示談契約書で本物件に対する被控訴人の単独所有権を認めるのはこれを留保し、翌々日の一一日に、控訴人、被控訴人両者協議の上、本物件は外部関係では、被控訴人の単独所有と言うことにしておくが、内部関係では右両者の共有に属するものである旨を確認し、同日その旨の共有確認書(甲第四号証、検乙第一号証)を作成するに至ったものであること。

ところが、その後被控訴人が、本物件は被控訴人の単独所有であるとして、控訴人に無断で、さきに認定のように、日染株式会社の設立を準備中の佐野真一に右物件を売却し、これを同人に引渡すべく、日本通運の梅小路倉庫に寄託するに至ったので、控訴人は、右物件に対する共有持分権に基いて、前記仮処分に及んだこと。

そこで設立途上にある会社の事業計画に支障をきたすことを虞れた佐野の代理人である右会社の設立発起人池田五六、売主被控訴人、及び控訴人の三者間で紛争解決の折衝を重ねた末、昭和三一年一〇月一九日、京都弁護士会館の階下応接室に右三者と日染株式会社側の代理人出野泰男弁護士、控訴人の代理人有井茂次弁護士その他の関係人らが集って協議したが、被控訴人が控訴人との前記共有確認の約定に反し、本物件に対する被控訴人の単独所有を主張して譲らず、本物件に対する控訴人の共有持分権を認めようとしないので、本物件に関する被控訴人、控訴人間の権利関係の確定は後日に委ねることとしてしばらく差し置き、とにかく控訴人の仮処分を解放してもらうために、買主の佐野から本物件買受代金の支払として、控訴人に右代金の半額に当る金一、五〇〇、〇〇〇円を手交すことで全員了承し、その席上池田五六から金一、五〇〇、〇〇〇円を同額の小切手で、控訴人に支払い、同時に控訴人は前記仮処分の解放手続を了したものであること。

を認めることができる。

被控訴人は、前記甲第四号証、検乙第一号証の共有確認書は、控訴人が被控訴人主張の如き言辞をもって、本物件は控訴人との共有にしておく方が安全であるし、得策でもあるとすすめるので、この方面に無智な被控訴人が、控訴人の言うがままに、控訴人の方で用意していた前記共有確認書に押印するに至ったもので、それは決して真実本物件を控訴人との共有にするつもりでしたものではない旨主張し、原審証人、大八木孝忠ならびに原審及び当審における被控訴人本人の各供述中には、右主張に副う部分もあるが、これは上来認定の事実関係からもうかがい知られるように、控訴人は権利実行のためには、差押などの強制処分もたやすくこれを実行してやまない性質の者で、このことは、その当時被控訴人もよく知っていたはずであるのに、このような控訴人に将来いかように利用されるかも知れない甲第四号証、検乙第一号証の如き、重要な書類を作成交付するための動機としては甚だ薄弱にして、到底これをそのまま信用するわけにはいかないし、他に被控訴人の右主張事実を認めて、上記認定を左右するに足る証拠もない。

(二)  しかして以上認定の事実関係によれば、本物件は、昭和二八年一二月一一日以降控訴人主張の如く控訴人と被控訴人両名の共有に属するところとなり、その持分は、民法第二五〇条によって各その二分の一を有しおるものと言うべく、したがって被控訴人が昭和三一年八月一四日佐野真一との間になした本物件の売買は、控訴人の右共有持分権に関する限り、控訴人に無断でこれを売却したものとみなければならないが、その後昭和三一年一〇月一九日控訴人が上記認定のように、右売買を異議なく承認し、買主の佐野から自己の共有持分権に相当する売買代金の半額金一、五〇〇、〇〇〇円を受け取ったため、右売買は、控訴人の追認により当初に遡って有効になったものと解すべき(大審院昭和一〇年九月一〇日判決、民集一四巻一七一七頁、最高裁昭和三七年八月一〇日判決、民集一六巻八号一、七〇〇頁参照)ところ、およそ不当利得の成立するためには、何ら法律上の原因なくして他人の財産または労務によって利益を得、そのため他人に損失を及ぼしたることを要することは、民法第七〇三条の明定するところであるが、右に利得と言い、損失と言うも、要は、公平の理念に基き、形式的一般的には正当視せられる財産的価値の移動が、実質的、相対的には正当視せられない場合に、その実質的不正の調整を目的とする不当利得制度の本質から、これを考え、判断すべきものと解されるので、この見地から本件の場合をみてみるに、なるほど被控訴人は、本物件の売主として買主の佐野に対し、売買代金全額金三、〇〇〇、〇〇〇円の代金債権を取得し、佐野がその内の半額金一五〇〇、〇〇〇円を控訴人に手交し、被控訴人も前認定のようにそれが右売却代金の支払としてなされるものであることを容認したため、形式的には右相当額の代金債権を失う結果になったことは、被控訴人主張のとおりでもあるが、(被控訴人は右代金債権喪失の理由として債権の準占有者に対する弁済を主張するが、叙上認定事実のもとにおいては、その主張を採用することはできない。)もともと被控訴人は、前記のように、本物件に対しては二分の一の共有持分権しか有しておらず、残余は控訴人のそれに属していたものであるから、控訴人が上記のように、被控訴人の前記売買を追認し、当該売買代金の半額を買主の佐野から受領しても、そのため被控訴人が実質的に損失を被るいわれは少しもないのみならず、他方控訴人においても、右の如く、本来売主たる被控訴人が取得すべき売買代金三、〇〇〇、〇〇〇円の半額金一、五〇〇、〇〇〇円を取得したため、形式的には右相当額を利得したかの如く思われるが、やはり同人も上記売買の追認によって本物件に対する二分の一の共有持分権を買主の佐野に譲渡し、これを失ったことになるのであるから、実質的には何らの利得もしておらず、いわんや法律上の原因なくして右金一、五〇〇、〇〇〇円を不当に利得したなどとは到底言える筋合のものではなく、いずれにしても被控訴人の本訴不当利得の請求は、その理由がない。

三、不法行為による損害賠償の請求について。

よって次に不法行為による損害賠償の予備的請求について考えてみるに、被控訴人は、控訴人は本物件に対し何らの権限もないのに、これに対して共有権を有すると主張して、その主張の如き違法な仮処分に及び、よって被控訴人主張の如き権利を侵害し、そのため被控訴人に対し、主張の如き損害を与えた旨を主張するけれども、控訴人が本物件に対し、被控訴人と平等の共有持分権を有しおるにもかかわらず、被控訴人が控訴人に断りなく右物件を佐野に売却、これを引渡さんとしたので、控訴人は右共有持分権に基いて、被控訴人主張の如き占有移転禁止の仮処分に及んだものであること上来認定の如くである以上、控訴人の右仮処分をもって被控訴人主張の如き不法行為を形成するものとは到底目し得ないから、その余の判断に及ぶまでもなく、被控訴人の右予備的請求もまた失当たるを免れない。

四、以上説示の次第であってみれば、被控訴人の本訴各請求はいずれもその理由なく、したがって本訴不当利得の請求を認容した原判決は不当であり、本件控訴は理由があるので、民事訴訟法第三八六条にしたがって原判決を取消し、被控訴人の本訴各請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第九六条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 宅間達彦 判事 増田幸次郎 島崎三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例